〜 脇田雄太コラム 第39回 〜 「住まいが不要になることは無い?」
こんにちは!
ボロ物件投資家の脇田雄太です。
突然ですが、みなさんは来の自分や日本を予想することが出来るでしょうか。
例えば、2050年に自分がどんなことをしているのか?とか、日本がこんな国になっているとか‥そういったことです。
おそらく、大まかな予想や希望を描くことは出来るものの、細かい部分まで的中させることは難しいですよね?
それどころか、現在も世界中で紛争が続き、先行きが見通せない混沌とした状況において、未来なんて想像も付かないと考える方も多いはずです。
さらに、AIがこの先急速に発達すれば、自分の仕事だってAIに奪われる日が来るかも知れません。
そんな見通しの付かない現代において、無くならないものがあります。
それは何か?というと、衣・食・住の3つです。
どれだけAIが進化しようと、ネットが全てを支配する世の中になろうと、人間は衣食住無しに生きることが出来ません。
今回のコラムはそんな衣食住の中から、「住」の不可欠さについて、語ってみたいと思います。
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住まいは歴史と共に
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人間は有史以前の太古から、住まいを築いてそこに住み続けてきました。
古代の日本でも、縄文時代の竪穴式住居を始めとして、弥生時代には湿気や水害から生活を守る高床式住居、さらには大陸文化から独自の和風建築を生み出すなど、時代と共に住まいの形は変わって行きます。
その後、日本の住まいに大きな変化があったのは、明治期以降の洋風建築でした。
当時、最先端だった西洋の建築技術を日本の建築に取り込み、それまで無かった鉄筋コンクリートや鉄骨造、「和洋折衷」と呼ばれた独特の木造建築など、多様な住まいが発展したのです。
一方、日本は度重なる大火や水害、地震、戦災によって、多くの人が住まいを失うという歴史を繰り返してきました。
その結果、現代の住宅は地震や火災から身を守るために技術を革新し、耐震性や防火性を高めることに成功しています。
さて、そんな住まいはこの先どうなるのか?
今後も、さまざまな改良や発展を遂げることは間違いないでしょう。
しかし、だからと言って「家に住まなくても生きていける」時代が到来するかというと、それはあり得ないと思うのです。
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不動産賃貸は不滅?
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どれだけ時代が進化しようとも、人間の生活から衣食住を切り離すことは出来ません。
服を着なければ、食事を摂らなければ、そして、雨風や寒さをしのぐ住まいがなければ、人間は生命を維持することが出来ないからです。
そういう意味で、多くの人々に住まいを提供する不動産賃貸業というビジネスも、廃ることはないと私は考えています。
言うまでもありませんが、住まいを新築するためにはまとまった資金や借入が必要であり、誰もが持ち家を保有出来るわけではありません。
今後、新築コストが10分の1になったり、国の政策で国民全員が公営住宅に住むようになったりする可能性があれば別ですが、我が国でそんな事はあり得ないですよね?
また、冒頭でも述べたように、AIが住まいの代わりを提供するような未来も、私たちが生きている間は到来しないでしょう。
そんなわけで、江戸時代の長屋から始まったとされる日本の不動産賃貸業は、どれだけテクノロジーが進化しても、人間生活に不可欠な衣食住から外れることはないと、私は考えているのです。
もちろん、不動産賃貸そのものが無くならないとしても、時代なり地域なりの変化はあります。
特に重要なのは賃貸需要の有無や、貸す側と借りる側の需給バランスです。
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需要と供給をリサーチする
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賃貸需要の有無や需給バランスは、エリアによって大きく異なります。
例えば、首都圏や関西、名古屋などの大都市圏では、常に旺盛な賃貸需要を維持しているのに対し、人口が減少している地方では需給バランスが徐々に崩れているエリアも珍しくありません。
だからこそ、投資エリアにおけるそれらの情報は、将来も含めてしっかりリサーチしておく必要があります。
エリアのアパマン空室率はどの程度か?
戸建賃貸のニーズはあるのか?
10年20年後はどうなっているだろうか?
物件を購入検討する際は、近隣の賃貸仲介会社などに複数ヒアリングするなどして、間違いのない投資を行なって下さい。
人間の生活に住まいが不要になることは無いですが、賃貸需要の有無や需給バランスはその限りじゃないですよ。
というわけで、今回のコラムはこの辺で。
脇田雄太でした。



